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コモ湖畔の書斎から2 dalla finestra lariana2

2017 08 24 昼、村の食堂 MOLINAにて
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EPSON R-D1xNOKTON40mmF1.4

久しぶりの「文化活動」はなかなか大変だった。田舎暮らしを始めてからは、やはり夜わざわざ街まで出かけていって何かをして、夜中に帰ってくるということはできない。勢い、怠慢になってしまう。だから何か特別の機会でもなければ、夜遅くまで街に残ることもない。ところが東京にくれば、街は深夜を過ぎても人で一杯だし、もし気力があれば無数の機会が待っている。
10年ぶりだろうか「演劇」を見た。渋谷の劇場で、本格的な演劇を見た。聞くところによれば何やらかなり著名で活躍している役者さんたちが出演しているとのことだけれでも、浦島太郎の自分には全く分からない。芝居の内容はともかくとても驚いたことがあった。それは芝居そのものではなく、それを見る観客だ。
そろそろ開演時間になりみんな席についた。さて、これから幕が開くというちょっとした緊張感の中で,館内放送がある。「まもなく開演致します。」「どなたさまも背もたれに背中を付けてご覧ください。」という。え何それ,どうして背もたれに背中をつけないといけないのだと一瞬疑問が頭をよぎったけれども聞き流した。
さて芝居がはじまると、どうにも持っていた大きなバックが邪魔になり、座り心地が悪い。地べたに置いたバックと足の位置を動かそうとすると頭の片隅にあった館内放送が蘇る。よく分からないけれども背中を椅子の背板につけたまま動かさずにバックと足の位置をずらすのは結構難しい、というかほとんど不可能だ。え、こんな不自然な格好で、前半1時間半を見ないといけないのかと思うとうんざりしてくる。ええ,。あの聞き流した館内アナウンスの事の重大さにこの時はじめて気づいた自分は,愕然とした。回りを見回すと、ものの見事に、観客は背中を背もたれにくっ付けている。まるで強力な接着剤でくっ付けられたように一ミリとして動かない。背中に痒いところがあってもジッと我慢する。こんな状態は、丸ごと1時間半続いた。舞台の上の役者の動きとは対照的に、観客はまるで時間が止まったようにピクともしない。みんな死んじゃったんじゃないかと思う程、見事に「静止画像」。
そりゃあ、分からないじゃない。前に座った人が、あっち向いたりこっち向いたりすれば、なかなか観劇に集中できなく不快な思いをする。でも、本来「娯楽」である演劇が、まるで「苦役」のようになってしまっては本末転倒ってものじゃないだろうか。面白い時には、体を動かして笑いたいし、背中が痒くなったら、背中を掻きたい。分からない所があっれば、小声で同伴者に「おい、あれどういう意味」と声をかけて確かめたい。
一体いつから日本は、こんなところまでクレーム恐怖症の「管理社会」になってしまったのだろうか。こんなことは、みんなが程よい「自制」と「寛容さ」をもってすれば、第三者から「管理」される必要は全くない。仮にも「演劇」を見に来るほどの「文化人」なのだから、その程度の「教養」はもっているはずだ。















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by kimiyasuII | 2017-08-19 19:13 | Comments(0)