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コモ湖畔の書斎から2 dalla finestra lariana2

2019 03 11 当番薬局
イタリアでは、日曜日は休みだ。もちろん日曜日は日本も仕事が休みだけれども、イタリアでは店もお休みだ。だから日曜日に買い物はできない。急病になったりすると、薬局も休みだから薬が買えない。それでは皆困るから、当番薬局というのがあって、そこは日曜日でも24時間やっている。土曜の夜に、咳が止まらなくて、寝不足になってしまった。ネットで、当番薬局を探すとコモの街にあったので、朝、咳止めシロップを買いに出掛けて行った。何か用事でもないと、日曜日にコモの街まで下りてくることは無いから、久しぶりに少し街を散歩した。それにしても店は、数軒のバルしか開いていないのに、人が凄い。天気の良い日曜日だから寒い冬が終わり春を迎えようとしている季節にはちょっとくらい寒くても天気が良ければ人は街を散歩に出掛けてくる。それにここ数年はコモの街も観光ブームで一年中観光客が絶え間ない。お店がみんな閉まっているのに、そこをぶらついて一体何が楽しいのだろうかと、思ってしまうのだけれども、店が閉まっていても、楽しいような町並みがあるのも事実だ。むしろ、ご主人は、店が閉まっていることに感謝して、夫婦仲良く散歩をしているのかもしれない。子供だって、おもちゃが欲しくても、店が閉まっているのだからどうしようもない。あまりこの言葉は使いたくないけれども「日本なら」こんな商機を逃す、店は失格だ。途切れないほど沢山の人が押し寄せてくる街で、日曜だからといって店をしめてしまうなんて。
キリスト教、カトリックは日曜が休日だから、という伝統、宗教的な伝統でそれを説明して納得するのは簡単かもしれない。でも、僕は本当は違うんじゃないかと思う。それはお店をやっている人も、日曜を謳歌したいためだと思う。お金だけで、稼ぐためにだけ生きているんじゃない。生きるために稼いでいるのだから、稼ぐために日曜を生きることができないなら、全く生きている意味が無くなってしまう。
経済的にどちらが有利かという日本を支配している「価値観」が、イタリアにもあることは事実だ。でも、その一方で、おそらくはるか昔の「生は享受するもの」という「地中海文化」のもう一つの価値観が並存しているのだと思う。単一的な価値観に支配され皆が同じ方向を向いてしまう社会は随分つまらないものだし、時には「危険」を孕んでいる。
人でごった返す程の日曜日に、ひとり店を閉めてしまうような「へそ曲がり」がいなければ、この世は全くつまらない。




















# by kimiyasuII | 2019-03-12 05:12 | Comments(0)
2019 03 11 3月11日
歳は取っているけれども、第二次世界大戦は親の代の出来事で、僕はそれを実感として感じることはできない。母親からは空襲の話を聞かされたし、会ったことの無い叔父は戦争で命を落としている。そんな世代にとってやっぱり一番の歴史的な転換は、日本の転換は2011年3月11日だったと思う。第二次世界大戦が終わると日本は、大きく方向転換をした。アメリカという世界の覇権国家の陣営に組み居ることで、日本は大きな経済成長を遂げて戦前の言ってみれば前近代的な国家から民主主義を標榜する近代国家にと姿を変えた。それは端的に言ってしまえば、物質文明、消費主義だった。物を所有することが人間の豊かさという価値観だ。子供の頃、カラーテレビに心が躍り、友人のどこの家にも無いステレオが家に来たときは誇らしかったし、18歳になると同時に車を手に入れた。
2011年の3月11日、その体験によって日本は「大きな方向転換」をしなければならなかった、方向転換した国のあり方をなんと呼んだら良いか分からないけれども、日本が日本本来の姿を取り戻し、四方を海に囲まれ、豊かな自然に恵まれた独立した国として其処に住む全ての人たちが生活を享受できることを目指す社会だ。
そのような転換の機会、2011年3月11日を逃したのだ。日本は戦後の時代遅れの「近代国家」を引き続き継続させてしまった。あれほどの、10万人もの人が故郷を失うほどの災害があったにもかかわらず、日本は何ら変わることが出来なかった。何も難しい話をしているわけではない。想定できないほどの力を持った自然の前に、謙虚になること、つまり原発を即やめること、被害に会われた10万人もの人々に救いの手を差し伸べること、消費や金融といった自分自身をすり減らして行くような経済システムを全く別の観点から見直す事。
僕は、まるで映画のワンシーンのように津波が人々を呑み込んでいく映像をみて気持ちが悪くなってしまった。フクシマの原発の炉の温度圧力のデーターを追っていて吐き気を催してしまった。でもそれと同時に日本はこれで新しい道を見出さざるを得ないところまで追い込まれたしまったんだという気持ちを抱いた。でもこうしてそれから8年もたち、まるで何事もなかったかのように日本は2011年3月11日以前と同じように動き続けている。むしろ加速させていると言ってもよいかもしれない。
第二次世界大戦が終わった1945年8月15日に続いて日本の転換点になった2011年3月11日というのは、それ以前は変わる事ができた日本が可能性を持った日本が、この時点で全く自分では何もできない、自分からは変わる事ができない国家になってしまった、そのような国に成り下がってしまった歴史的な転換点だったと思う。












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# by kimiyasuII | 2019-03-11 05:18 | Comments(0)
2019 03 01 奇妙な一日 2
2,3年前に45年ぶりに、高校から全く音信の途絶えていた友人とフェースブックを介して、再会した。高校時代も特別親交があったわけでは無かったけれども、遥か昔の記憶を辿れば、一緒に能登半島に旅行に行ったりもした。彼が家出をした時には、先生から行き先を知らないかと電話が掛かってきたりもした。それでも45年、半世紀もたてば全く違った人生を歩んできた二人は遥か彼方の全く接点のない地平を歩いていた。彼は放送関係の仕事につき、僕はこうして何故かイタリアで建築の設計をしている。それでも僕たち二人は心の片隅に、お互いの存在を常に「意識」してきたのだろう。でなければ、300人以上いた同学年の中でただ一人、45年後に、突如の「再会」を果たしたりはしなかっただろうから。
その友人と再会した頃、僕は東京にある一軒の家を設計していた。その家に住むことになる若いご主人Aさんは毎日テレビに顔を出すような社会的にもとても大事な、影響力のある仕事をされている。24時間全く気の抜けない毎日を送られているようで、イタリアで一週間ほど家族みんなで息抜きをして頂いた。小学生の息子さんも僕と手をつないで街を歩き回ったりして楽しい時間を過ごした。
数ヶ月前だろうか、この高校時代の級友から、あるテレビ番組のアドヴァイザー的な仕事をするかもしれないと聞いた。そしてその番組とは、僕が設計した家に住む若いご主人が担当する番組だった。全く繋がりの無かった三人の関係が世代と地理の垣根を越えて繋がった。偶然というには余りに可能性の、確率論的には限りなく0に近い繋がりができたように思う。
僕が日本に帰国した際に、友人の奥さんも含めて僕たち4人は、レストランで食事をした。若いAさんは前日から出張していた取材現場から直行してくれた。
僕はつくづく人生は不思議な事象で成り立っていると思う。
45年前、能登半島を彼と旅行した際に、こうしてその半世紀後に東京のレストランで、偶然繋がりのできたまだ生まれてもいなかったAさんを含めて歓談をすること想像することができただろうか。
それはやっぱり単なる偶然というだけでは、余りに確率が低過ぎる。
ユングによればそれはシンクロニシティ、共時性という事になるかもしれないけれども、僕には何故かどこかに「神」的な力が働いて、このような論理的には不可能な事象が起きるんじゃないかと思ってしまう。僕はどちらかと言えば「科学」を信奉する典型的な世代に育ったからどうしても「唯物論」的な志向を持っている。突き詰めていけば「決定論者」であり、およそ「神」などは信じられない。でもこんな出来事に出くわせば形而上学的な何かに依拠しなければ説明がつかない。おそらくこのような出会いに説明を求める態度こそが貧しい唯物論者の思考であり、このような出会いを「生きる」ことこそが豊かさなのだと思う。






# by kimiyasuII | 2019-03-07 14:51 | Comments(0)
2019 02 24 奇妙な一日
コモからは300KMもあるボローニャの近くの鍛冶屋にいった。もう4ヶ月前に頼んだ仕事がちっとも終わらないから、催促にわざわざこんな遠くまで足を運んだ。6時に家を出て、10時半に鉄工所に着いた。でも当然、親方はいない。現場に行っているという。一人の少年、あとで分かったけれども30なので少年というには余りに歳をとっているけれども、僕が頼んでいたスチールサッシの溶接をしていた。僕は、まだ終わっていないなんて、一体どういうことだ、こんな遅れると損害賠償で訴えられるかもしれないと、「友好的」な言葉遣いで、詰め寄った。奇麗なウールのオーバーを着て、帽子を冠った紳士が、とても鉄工所には似合わない紳士が、この少年の父親だけれどもと話しに加わった。そこで彼は、鍛冶屋の親方は自分の長年の友人で、息子を丁度仕事を変わる切れ目にあいた3、4ヶ月間、この友人の親方の仕事を手伝わせているという。そして、実は親方は、ここ一年ほど、仕事のトラブル、経済的なトラブルが重なってしまい、鉄工所から職人は逃げ出して、本人も精神的に病んでいる、と言った。そうは言っても、引き受けた仕事を何とか終わらせてもらわないことには、と話しをした。そしてせめて丸窓だけでも持って帰らないと大変な事になると、僕は2時間もあれば終わるだろうその仕事を待つために、二時間後に戻ってくると言って工場を出た。2時間潰すために僕たちは、ここから30分程のフェラーラの街を訪れることにして、車を向かわせた。10分もすると少年、ダニエレというのだけれども、そのダニエレから電話があった。母親が電話をしてきて僕たちを昼食に招待したいという。そんなことを心配する必要はないと、2、3度繰り返し辞退したけれども彼は譲らなかった。仕方が無く僕たちは足早にフェラーラの街を回ると、彼の家に向かった。
彼らの家は、ロンバルディア平原の南端、地平線が見える程、延々と畑や果樹園、牧草地の続く土地に建つ、典型的な古い農家だった。中に入ると、プールはあるけれども、土の中庭はあまり手入れもされていない、一見、見捨てられた家のようだった。そこでさっき鉄工所で見た紳士が僕たちを迎え入れてくれた。すぐ奥さんも顔を出した。
自己紹介があった。ダニエレの父親は、オランダ人。ボローニャのオーケストラでバイオリンを弾いているという。それで納得した。鉄工所には相応しくない格好の紳士だったのが。母親は、韓国人。ピアニストだという。そしてダニエレは三男で、別に鍛冶屋になりたくて働いていたわけではなく、ただただ父親の旧友の手助けをしていたのだという。仕事がちっとも進まない鍛冶屋の親方に何とか仕事をさせようとコモから遠いこのボローニャまでやってきて、ロンバルディアの片田舎の農家で、オランダ人、韓国人、イタリア人、日本人がテーブルを囲んで、韓国人の奥さんの作ったイタリア料理、ちなみに料理はアーティーチョークのパスタという、奇妙な昼食が始まった。
二人は若い頃通ったアメリカの音楽院で出会ったという。もう三十年以上前の話しだ。そしてご主人がボローニャのオーケストラにバイオリニストの席を見つけるとイタリアに渡ってきた。そして結婚した二人はまずはボローニャの町中に住んでいたけれども、二人が思う存分楽器を演奏することが出来る場所という事で、このボローニャからは30kmもある平原のど真ん中の農家にと引っ越してきた。
ご主人は、二年に一度くらいは日本にも演奏旅行に行くという。奥さんは、アメリカと韓国を演奏のために、そして教えるために飛びまわっている。家の中を案内してみせてくれた。もともと干し草置き場だった大きな納屋には大きなグランドピアノが二台置かれて、壁には有名な画家という奥さんのお姉さんの韓国画が沢山飾られていた。木工が趣味というご主人は、自慢げに随分設備の整った木工室を見せてくれた。雑談をすれば息子のダニエレはかつて日本人の彼女がいたという。だから名古屋にはもう二回も行ったいう。三人とも、片言の日本語も話すことができる。
夕刻、暗くなり家に戻ると、ボローニャの片田舎で思いもかけない「国際的な」な昼食に、今日は本当に「奇妙な一日」だなあと感慨に耽ってしまった。




















# by kimiyasuII | 2019-02-24 11:58 | Comments(0)
2019 02 21 農地改革
昼食に家に戻り食事を始めるとインターホンが鳴った。滅多に誰かが訪ねてくることなんか無いから「どなたですか」と応答する。「ちょっと頼みたい事がある」という。ああ、あのいつも村をぶらぶらして、オルサという白い犬を連れた男かと、分かる。「今行くからちょっと」と門扉まで下りて行く。「何なの、入って入って」「頼みにくいことがあるんだけれども。実は、暖房のガス湯沸かし器が壊れてしまって、娘は病気で寝ているんだけれども、修理するお金が無くて」と言う。ちょっと引いてしまった。時々、村で会って2,3言葉を交わすことはあるけれども、名前も知らないくらいの人だし、お金の貸し借りは何となく「近づきたくない」話題だし。とはいえ、小さな共同体に暮らしているのだから無下に「NO」と言って追い返すわけにはいかない。今、手持ちのお金は無いから、夕方にもっていくよ。一体いくら必要なの。いくらでもという返事が返ってくる。ともかく僕は300ユーロを夕方届けた。それから2週間くらいしてまたインターホンが鳴った。やはり彼だった。僕は今日は土曜で手持ちもないから明日少し話しをしようと言い帰ってもらった。
翌日、車で帰ってくると丁度彼は犬の散歩をしていた。駐車場にあるベンチに腰掛けて、僕は彼と話しをした。彼は、この村の生まれでここで育ったけれども若い頃からヨーロッパの色んな国のホテルで働いたという。だから英語もフランス語もできると言う。仕事を探していないのかと聞けば、コモのホテルは何処も季節営業だから4月までは休業していて仕事はなかなか見つからないんだと言う。おまけに最近はどこも若い人を取るという。彼はもう50近いだろうか。だからなかなか働けるところが無いという。ミラノのホテル従業員の組合みたいなところがあって、そこで仕事を斡旋してくれるから行こうと思ったら、なんと時給6.5ユーロだという。いくらなんでもこんな金額じゃあ働くことはできない。(900円くらいだからまあ日本ならバイトでは当たり前かもしれないけれども)僕は、庭仕事や家の掃除、何か大きなものを運んだりするのを手伝ってもらえるかと聞くと彼は喜んでやるという。それに料理も得意だからもし必要ならコックもやるよという。もちろんその人の能力や人柄もある。仕事が見つからないというのは。
日本も同じだけれども、結局世の中は格差社会を助長している。彼も含め多くのひとが明日はどうなるか分からないような派遣社員、非正規社員でいつ職を失うかわからないし、次の仕事が見つかるかも分からないし、条件はドンドン悪くなっていく。
世の中は総体としてはドンドン豊かになっているはずなのにどうして、明日の生活にも困るような人たちがどんどん生まれて行くのか。
昔教科書で、日本は戦争が終わったあと、GHQによって小作制度が廃止され、大地主が解体されたと勉強した。こうして世の中の格差が、戦後ぐっと縮小したんだと習った。こんにちの社会に置き換えて考えてみれば地主というのは、資本家と言い換えても良いと思う。土地、お金を持っているものが、投資をする。小作人は企業家と言って良い。投資家から与えられたお金によって、製品を創り出す。それは小作人が農産物を作りだしたように。何か仕事をしている本人が資本も出している場合も多いから、一見、地主と小作みたいな関係には見えないけれども、実際に世界の経済を動かしている巨額の資金をみればそれは何ら事業そのものには関わりをもたない、つまり農耕には関わりを持たない地主みたいな存在で、金だけを提供する。そして、その提供した金によって生み出される、利益、農産物を獲得していく。そのようにして、巨大資本は、どんどん土地を買い占めるように、会社を買い占めていき、肥大化していく。当然、事業主は、その下で実際に働く労働のコストを押さえるために全力を尽くす。そこから生まれるのは非正規社員であり、さらに取り分を目減りさせられる派遣労働者ということになる。
こうして、今の社会は、格差をドンドン助長させるようなシステムとなっているわけだけれども、それは一歩引き下がってみればあの前近代的な地主と小作農の関係となんら変わっていない。ただ姿を変えただけだ。GHQのような当事者の利権には関わりのない、より上位の絶対的な権力がなければ農地改革は実現しなかった。それを思えば現在のこの「地主制度」を改革する権力はどこにも存在しないのだから、これはもうどうしようもない。また僕は、インターホンの呼び鈴がいつ鳴るかと思って暮らしていくしかない。

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朝モンテローザが薔薇色の山になった。



























# by kimiyasuII | 2019-02-19 00:17 | Comments(2)
2019 02 03 ケチになる
時々、決める。変なことを。一昨年は、怒りの人になろうと決めたら、なぜ腹が立って腹が立ってしかたがなかったのだけれども、もう怒りの年は終わったはずなのに、なぜか怒りが収まらなくて、最近はいつも腹を立てている。歳のせいか。で、今度は、「ケチ」になろうと思う。もともと、本当にケチじゃなかったかというと、少し疑問なところもあるけど、確かに自分よりかなり「ケチ」な人はいるので、「ケチ」になる、と言っても良いだろう。例えば、昨年は結構行っていたバルでコーヒーを飲むことをしなくなった。一回一ユーロだけれども、それも毎日なら一月30ユーロも節約できるじゃないか。
スーパーでは、特売品をまとめ買いするようにつとめる。例えば今日は、大きなロールペーパーを、まだ家にあるのに買ったし、落花生だってまだかなりあるけど、3kgも買った。生ハムも安売りしていたから、これも冷蔵庫に眠っているけれども、追加買いをした。
プリンターが壊れてしまい、別の奴をひっぱりだしてトーナーを買いに行ったら37ユーロだという。冗談じゃない、たかがA4 1000枚プリントするにこんなお金をかけていられるか、買わずに店から出て来た。事務所に戻りアマゾンで探すと、あるある、4.5ユーロ、8分の一の値段じゃないか。人を馬鹿にしているのかと、3つまとめ買いをした。
あと、なるべく「加工食品」は買わないことにしている。野菜や肉などの原材料はイタリアではかなり安いので、みんな自分で作ればいいじゃないかということだ。大体が既に切ってあるサラダよりも、自分で切ってすぐ食べたほうが美味しいのは当たり前だし、どんなに美味しいと言われているメーカーの瓶入りのスパゲティソースなんかよりも、自分で食べるときに作ったほうが美味しいに決まっている。日本は、随分この「加工食品」が発達していて料理の手間が大分省けるみたいだけれども、大して忙しい生活を送っているわけでもないから、料理する時間なんてつくることができる。ティラミスみたいな簡単なものは、店で買う気など、まったくしない。
服、も買うのをやめた。一昨年暮れに引っ越して、ちょと家が広くなったから、クローゼットルームを作ってみんな引っ張り出してきたらあるはあるは、服だらけだ。良いものなんてひとつもないけれども、腹が出てはけなくなった10年前のズボンなんてのも10本くらいはある。炭水化物ダイエットをはじめたおけがでなんとこのズボンがみんなはけるじゃないか。これでもう一生、服なんて買わずに暮らしていける。街はバーゲンで、ついショーウィンドに目が行ってしまうけどれども、横目に素通りしていく。
それにしても、30年前にイタリアにやってきたときはスーツケースひとつ、後で郵便で小さな段ボール箱がひとつ、全財産はそれだけだった。いつ日本に帰るかもしれないしと、かなり買い物はセーブしてきたつもりなのに、いつの間にか家の中にはモノがあふれている。椅子なんかは軽く30脚はある。二人と一匹暮らしなのに。
さて明日はホームセンターに行って、溶接機を買ってこよう。ずっと鉄の溶接をしてみたかったから、楽しみで仕方がない。
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# by kimiyasuII | 2019-02-03 06:02 | Comments(0)
2019 02 01 テールランプ
日本では新しい入国管理法ができて、移民、外国人労働者に対する新しい国の方針が始まった。
先日ふとしたことから、ユーチューブで、数年前に放送されたイレーネという番組で、移民が実際にどうやってゴムボートでアフリカから、リビアからわたってくるのかを見せる番組を見た。
夜、イタリアの救助船が毎日ギリシャの港を出港して、洋上のゴムボートを捜索する。喫水線をはるかに超えた100人も乗った、詰め込まれたアフリカ人が暗闇の海の上に浮かんでいる。少し動けば沈んでしまうから救助船は船上の人々を刺激しないように声を掛けながら近づいていく。船の上にはまだ生後まもない子供を抱えた母親もいる。いったい何時間、何日こうして海をさ迷っているのかわからないけれども、かなり調子の悪そうな人もいれば場合によっては死んでしまう人もいる。
なんとか100人の人々をギリシャの港に陸揚げすると、また救助船は闇の中を出て行く。今度は何かが浮いているのを遠くから双眼鏡で見つける。注意深く近づいていくと、それはゴムボートではなさそうで、何かゴミが浮遊しているようだ。更に近づくとそれが、遺体であることがわかる。腐敗のためか、膨れ上がった服はまるで風船のようで、さすがになれているとは言え、彼らもこれはちょっと、という体で、回収する。いったいどこの誰か性別もまったくわからない。アフリカからヨーロッパに渡ろうとした人であることは間違いない。イタリア語だけど映像だけでも興味のある人はこちらから。ヨーロッパはどこの国も移民の問題で内、外政が混乱していて日本の将来を心配してか、受け入れ国の厳しい現実が報道されているけれども、明日の命も分からない「移民」側の現実が報道されることはほとんど無い。
犬を飼いだしてから、というか、一緒に暮らすようになって、犬が「命」を持った、人と同じような生き物であることに改めて感じ入ってしまう。
日本では、殺処分が行われている。保健所に引き取られた犬は、一週間引き取り手が現れないと、二酸化炭素のガス室で「処分」が行われる。一日、一日、と処分室に近づく檻に移されていく犬は、まるで自分の運命を知っているかのように悲しそうな表情を見せる。
先進諸国で死刑のあるのは日本とアメリカの一部の州だけだ。しかも国民の大多数の人が死刑制度を支持しているという。この世に存在する意味のない、むしろほかの人々にとんでもない害を与える人は、国の名において処分する。死刑が犯罪を抑制することはないから、「感情的な補償」、それは被害者の親族の方に対する感情的な補償という意味よりも社会的な、共同体的な感情的な補償という様相を帯びている。
12歳の娘を暴力の果てに、殺したというニュースがしばらく紙面を占めていた。一体なぜ自分の子供を「殺せる」のか、一体そんなひどい奴はどんな奴なんだという怒りが沸く。
ともかくまっとうできる命がありながら、それを途中で、何らかの「不条理」によって、寸断されてしまう、ことが余りにこの世には多いと思う。運命といって諦める事では片付けられないような。
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朝7時半、つい先日までテールランプしか見えなかった通勤の車がコモの街に向かって行く。

















# by kimiyasuII | 2019-02-01 06:15 | Comments(0)
2019 01 27 降る
今年初めて、薄っすらと冠雪があった、庭の畑に。
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# by kimiyasuII | 2019-01-28 02:09 | Comments(0)
2019 01 25 読む
Gianrico CarofiglioジャンリーコカロフィーリオのIl Silenzio dell'Onda 波の沈黙 を読む。日本語の本でさえ最近は読むのに苦労するからこのイタリア語の本も大分、時間がかかってしまった。彼の本は数冊、日本語にも翻訳されている。推理小説、に分類されるけれども、この本は推理小説というよりはほとんど「純文学」と言ってもよいくらい主人公を通して「人間」を描いている。もちろん主人公は休職中の警官だから「推理小説的」な様相は備えているけれども、静かに、本当に静かに展開して行くストーリは、主人公の心の軌跡であり、一見何も起きていないようでありながら、主人公ロベルトの心は、大きく変わって行く。もともと検察官をつとめていたジャンリーコの本は、推理小説にありがちな連続して起きるダイナミックな事象の展開とは対極にあり微妙な心の揺らぎや変化を積み重ねていくもので、それもフロイトの言う無意識のレベルでの心の変化だから多少の心理学の知識がないと余り面白くないかもしれない。
このような極めてイタリア的な小説を読むと、1800年代にマンゾーニの許婚から始まるイタリアの伝統的な文学の厚い背景を感じないわけにはいけない。
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# by kimiyasuII | 2019-01-25 20:04 | Comments(0)
2019 01 23 ラテ

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2018年8月末、コモ湖をいく船から

毎日、ネットで日本の新聞に目を通す。朝日、読売、ハフィントン、、、と。読売新聞の見出しに意味不明があった。「100円カップに150円のラテ注いだ男を逮捕」100円カップというのは何か、150円のラテというのは何か。逮捕???どういう事だろうと本文を読むと、コンビニで100円払ってコップを受け取ったあと、セルフサービスの機械で150円のカフェラッテを注いだのを店員に見つかって逮捕されたという、そういう意味だった。

ラテというのはイタリア語のLATTEラッテが日本語でいつのまにかラテということに変わったのに納得した。よくある和製イタリア語なのでまあそれはいい。でも、この記事何かおかしい。何がおかしいかといって「たかが」50円分の違いをズルしたからといって、警察呼んで、逮捕ってのはちょっと常識的に大げさじゃあないかな。まあ、50円でも目をつぶればそういう悪い輩がそこら中にはびこるから金額が問題じゃあ無いっていう「輩」もいるのだろうけど。
でも世の中には「程度」というものもある。店員が、「お客さん、カフェラテを買われたようなので、あと50円お願いします。」とか、「お客さま、おそらく間違えでカフェラテを買われたようですが、150円になりますので次回からはお願いします。」とか、「お客さま、カフェラテは150円になっています。今回は私どものほうで50円負担させて頂きますが次回からはご注意ください」とか、警察を呼んで逮捕なんて大げさなところまでいかなくて、問題は解決できたのじゃあないだろうか。いくら税金で賄われているとはいえ、警察、検察、裁判所、裁判官、書類、などなど、50円のために掛かる社会的な経費たるや生半可なものじゃあない。大体人を勾留すればその直接費用だって生半可じゃない。
何も小さな悪には目をつぶれと言いたいのではない。小さな悪は程度問題で、公権力の力を借りなくとも、その場で関わった人が解決できるはずじゃあないのか。こんな事までに、公権力が手を出すようになればまさに「管理社会」を絵に描いたような社会になってしまう。もっともっと、社会を個人側に引き寄せないと、本当にヤバいことになるぞ。
それにしても、読売新聞というのは、本当に、駄目な新聞だな。こんな事件しか、紙面に載せる事がないのか。世の中、世界の中では、もっともっと飛んでもないことがワンさと起きているのに。それとも、権力者が隠さないといけない大事な事から普通の人々の目をそらせるためにこんなクダラナイ事件を記事にしているのだろうか。まさか日本では一般の人は難しい大問題よりも、小さなクダラナイ事にしか興味を示さないなんてこともないだろうに。



















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# by kimiyasuII | 2019-01-23 02:11 | Comments(2)
2019 01 10 森の狼または栗鼠
日も差し込まない鬱蒼とした森の中を一人で歩いているとしよう。ある人は、樹の陰からいつ狼が飛び出してくるかもしれないと神経を尖らせ、僅かな物音に驚き思わず息を呑む。何事もなく一時間ほど森の中を歩いただけで、神経が磨り減ってしまいくたくたになってしまった。ある人は、ウサギやリスがどこかに潜んでいてあたりを見回し、可愛い動物に出会えるんじゃないかと期待をしながら森を楽しむ。一時間ほど歩いたけれども残念ながら小動物に会えることも無かった。まあ、この次に期待しようと軽い足取りで街に戻っていく。結局二人とも同じように何事もなく森の中を一時間あるいたに過ぎない。
森というのは実は人生のことで、狼はネガティブな事象、それに恐れおのろいて一生を過ごす人と、リスは喜びを与えてくれるもので、それに出会えることを期待して一生過ごす人、同じ場所、同じ時代、同じ街に住んでいても、そこに住む人の心の状態で、どんな一生を過ごすかは全く変わってくる。規則に従っていさえすれば狼には出会わないという保証は全くないし、どんなに望んでもリスは一生現れないかもしれない。
狼も栗鼠もその人が頭の中で生み出した「幻想」に過ぎない。だからなかなか他の人の頭の中は見えないから栗鼠を描く人に狼を怖がる人の気持ちはわからないし、反対に狼を怖がる人に栗鼠を夢見る人の気持ちも分からない。親子、兄弟、夫婦であったり同じ職場や学校に通っていて一見同じ世界で物理的には共有して生きているようでも、本当は全く別な世界で生きていることを納得するのは難しい。だから衝突が起こったりする。
狼を心配するあまり、身動きが取れない、目の前の可愛い栗鼠が目に入らない人が結構沢山いる。実体のない心配や不安に心を震わせるよりも、今を生きることに集中すれば、人生は遥かに楽しく有意義なものになる、と思う。
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CHIAVENNA にて











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# by kimiyasuII | 2019-01-19 05:22 | Comments(0)
2019 01 13 ミシン
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# by kimiyasuII | 2019-01-14 04:27 | Comments(0)
2019 01 12 土曜日
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珍しい朝焼け、幻想的な午後遅く。こんなに表情を変える景色を見捨ててどこかに出掛ける気はしない。
















# by kimiyasuII | 2019-01-13 06:24 | Comments(0)
2019 01 09 山の町 キアベンナ2
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クリスマス休みの最後の日曜日に、イギリスから来ていた義弟とコモ東側の山の上にあるブルナーテ村に車で行った。狭い急なつづら折れの山道をグイグイ上がっていくと、標高1000mほどの村、街に着く。山の上の街だから、車がすれ違うことができないほどに道路は狭くなる。だからちょっと大きな車にのっていると、正面から対向車が来ないかハラハラしながら走ることになる。そら、思った通りだ。坂を上りきったところに車が一台止まって、人の乗り降りをしている。どうも老人と小さな子供が車から降りないといけないようだ。その動作はイライラするほど緩慢で、なぜ車のすれ違えるようなところでやってくれないのかと腹立たしい思いもする。でも、まあ、どこかに急いで行くわけでもないし、たかが数分の事、転んだりしないようにあわてずにゆっくり車から降りてくださいな、とちょっと諦めの気持ちで様子を拝見している。すると後ろにいる車がクラクションを鳴らす。またしばらくして、プープー、プーーーと。「おい、そんなところで何してんだよ。さっさと動け、この馬鹿が」、と言わんばかりに。僕は口にだして、「なにそんなに慌ててるんだ、歳の多い人と子供が車から降りてんだから、まあ静かにまってろよ、たかが数分のことだろ」、と。なぜかこういう時は、イタリア語が口から出てくる。それにしても少しおかしいなと思う。こういう場面ではイタリア人は、クラクション鳴らしたりしないし、さっさとやれよと思っても、弱者に対しては「寛容」の心理メカニズムが働いて、大人しくまっている。と思っていると、また後ろの車はクラクションを鳴らす。バックミラーを見ても、車が黒いスポーツタイプであることしか見えない。その内、老人と子供は車から降りて、車はちょっとバックして、僕の車と後続する数台の車を通過させた。僕はまだこの町から山の上を10分ほど車で上った。さっきクラクションを鳴らした黒い車も、僕の車の後をぴったりと付いてくる。山上の広場に出るとその車は一方通行を無視して空いているパーキングをさっと陣取った。チラッと、黒いコートを着た体格の良く頭の剥げた若い男と、妙に派手なコートを着た女を見た。僕たちも車を降りると、風が強くとても寒かったので唯一空いていたバルで熱いカプッチーノを飲むことにした。
ストーブの燃える暖かいバルに入ると、一つだけ空いたテーブルに腰掛け、熱い熱いカプチーノを二杯と、マッキアートというエスプレッソコーヒーに少しだけ牛乳をいれたコーヒーを頼んだ。気が付くと隣のテーブルに座っているカップルはどうもさっき黒い車から降りていった二人のようだった。自分の背に居たので二人の顔は良く見えなかった。用足しをしに行った際に、ああいうクラクションを鳴らす輩はいったいどんな奴だと思いしっかりと顔と姿容、着ているものを観察した。男は30ほどのでかい頭の剥げ上がった、細長く顎ひげだけを伸ばして、妙に色白で、ウールのコートの下はTシャツみたいなもを着ていて、かなり人相が悪い。女といえば、ショートカットの50程で妙に日焼けした皺だらけの顔に妙に厚化粧をして豹柄のショートコートに黒い革のぴっちりしたパンツ、そしてかなり太くて高いヒールのブーツを履いている。ちょっと商売系の女に見えた。なるほどね、あの場面で、黒いBMWのスポーツカーに乗って、老人子供をプープークラクションで急かすような奴は、やっぱりこういう奴なんだと妙に納得した。それにしてもマッチョを装ったこの色白坊ちゃんは、このクリスマス休暇に20も年上の商売系女しか相手をしてくれる女が居ないのかと、ちょっと哀れにも思ってしまった。
彼らが何か飲み終わり店を出ると、僕たち三人も支払いを済ませて外にでた。やっぱり彼らはあの一方通行を無視してパーキングした黒いスポーツカーに乗り込んで、山を降りて行った。
車のナンバープレートが、イタリアのIでなくティチーノTI、スイスの車であったことを僕は見逃さなかった。そうなんだよな、スイス人なんだよな、ああいうのは、だからイタリア人はスイス人が嫌いなんだよなと。


















# by kimiyasuII | 2019-01-09 04:48 | Comments(0)
2019 01 07 山の町、キアベンナ
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# by kimiyasuII | 2019-01-08 05:45 | Comments(0)
2019 01 07 仕事はじめ
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ここはコモ湖の北端の更にその北、メッツォーラ湖に面したダーショ村の湖畔からの景色で、何回来てもその美しさに肝を潰す。晴れていれば何となくお正月の華やかな雰囲気に相応しいので、ちょっと遠いけれどもつい足を伸ばしてしまう。













# by kimiyasuII | 2019-01-08 05:25 | Comments(0)
2019 01 02 お正月、キウイ
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キウイを取らないといけないと思いながら年を越してしまったので、元旦にキウイを取った。



















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# by kimiyasuII | 2019-01-02 20:45 | Comments(0)
2019 01 01 お正月、もち
あけましておめでとうございます。
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お正月はお雑煮を食べたいので、餅を作った。















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# by kimiyasuII | 2019-01-02 20:42 | Comments(0)
2018 12 30 恒例のインフルエンザ
例年の事とは言え、参った。インフルエンザだ。25日の午後、知人の家の集まりに顔を出して帰ってきたころから、その知人の家の薪ストーブが息苦しいほどの熱気を作りだしていたのが、どうも体に不快感を与えていたと思ったけれども、体の節々が痛く、喉がヒリヒリしてきた。と思ったら、26,27、28、とベットで過ごし、何とか起きだして今日は29日になってしまった。なんとなく気ぜわしい年末の貴重な数日を、こうして無為にベットの上で過ごすのもそれはそれでまあ、悪くはないのだけれども、からだがシンドイのが何ともつらい。
そんなに眠れるわけじゃないから、youtubeで「朗読」を聴いた。それは名前を聞いたことがある作家だけれども、一度も読んだことのない作家で、それは短編小説だった。小学6年の子供が鍛冶屋の仕事に引き寄せられて、そこに出入りするうちに親方とまるで親子のような感情の交流が生まれ、この子供は、鍛冶の仕事にある種の聖性する感ずるようになり、鍛冶の仕事こそ自分の天職だと思う。そして中学にも行かずに親方に弟子入りをするという。こまり果てた親は、鍛冶屋の親方に頼んで、息子の夢をあきらめさせる。そして長い年月が過ぎ、親方は鍛冶屋の仕事場で天命を全うする。子供は、その後日本の鉄鋼業界を動かす程の人物となる。そして大きな会社の名誉会長となり、ある日、優秀な秘書とともに旅に出た際に、その鍛冶屋の親方との心の交流に懐かしさを覚え、飛行機でその鍛冶屋のあった街の上空を飛ぶ。
作家がどんな意図で書いたのかは知らない。でも素直に読めば、鉄鋼業界の神話的なにがしという立派な人物の幼少の頃の美談で、鉄に対する情熱がすでに小さなころからずば抜けたもので、立身出世する人は、やっぱりどこか違うな、という事だろう。
でも僕は正直言ってこの小説の落ちが、子供が立身出世して鉄鋼業界の大人物になる、などとは望んでいなかった。むしろがっかりした。この子供は、親や学校、世間の反対を押し切って、そして親方に邪険にされながらも「鉄」と生活を共にすることへの情熱を燃やし続け、これまで見たこともないような鉄の製品、作品をつくりだす鍛冶屋になってもらいたかった。
だから僕はこの小説は、偉人の幼少時の美談、としてよりも、一見社会的には偉人のような人でも、結局は敗北の人生を送ってしまえば台無しで人間て寂しいね、という解釈をすることになる。書類と向き合い、人と議論することが、この人の喜びではなくて、鉄から自分の手で何かを直接作り出すことが、本当のこの人の喜び、生きている意味だったのだから。
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# by kimiyasuII | 2018-12-30 13:49 | Comments(0)
2018 12 23 ダブルクリスマス
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今年もほぼ終わりかと、事務所を後にしようとすると、スマホが鳴る。
あ、ベネデッタからだ、クリスマスのお祝い電話だと思う。
「プロント、チャオ、ベネ。」
「ねえねえ、聞いて聞いて、来たの。マルコが。」
「ええ、何言ってるのか分からない。」
「マルコ、赤ちゃん、生後20日のマルコが来たのよ。信じられない!」
ああ、ついにきたのか。
「凄いじゃないか、おめでとう。これじゃあ、ダブルクリスマスだ!」
「突然、裁判所から電話があって、引き取りにいったの」
「今、どこに居るの」
「27日までは病院に。27日に連れて帰るの。」
「ほんとに良かった、良かった。」
一月に養子をもらう決心をしたという電話をもらってからほぼ一年、心理分析や講義を受けたり、裁判所の審査を受けたりで、人ひとりの命を引き受けるのだから当たり前とはいえ、ここ一年は結構、大変だったと思う。でも、おそらくこれからが本当に大変で、子供を育てるなんてのは只でさえとてつもない大仕事なのに、血の繋がりのない子を引き受けて育て上げるというのは、見上げたものだ。
凄いなベネデッタの若夫婦は。










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# by kimiyasuII | 2018-12-24 05:17 | Comments(0)
2018 12 21 生誕祭の木馬
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夏に生まれた事務所のマルチェッラの第2子、ガブリエレが洗礼を受けるというので何かプレゼントをと制作に入った樅の木馬は、透明人間のトメさんが占拠してしまったりで洗礼式が終わってもう一月以上経ちクリスマスになってしまった。今日ようやく納馬にいく。

















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# by kimiyasuII | 2018-12-21 15:09 | Comments(0)
2018 12 21 日本人
雨が降ったと思ったら、山は白くなっていた。来週はクリスマスだから、コモの街は何か「嬉しい」空気が満ちている。
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やっぱり自分は日本人だから、もう日本よりイタリアのほうが生きている時間が長いけれども、日本のことが気になって気になってしかたがない結局「日本人」だ。言葉の問題とか、外見が違うとか、いろいろあるけれども、「日本人」にとっては「自分が日本人」ということがかなり大事で、自分だけでなく、おそらく世界中みてもこれだけ自分の国を愛している国民はいないと思う。
だから、最近、結構むちゃくちゃやっている日本国を思うと、心が痛くて痛くてしかたがない。おそらく外にいるから、より客観的に起きてることをみる事ができるのだろう。
沖縄の美しい海を埋め立ててしまう、なんて写真を見ると、心が引き裂かれる。えええ、どうして、こんな美しい「国土を自分で破壊してしまうの」と。安保条約とか、よく分からない利権とか、政治的な勢力とか、意地を張るとかいろいろ理由はあるのだろうけど、ごくごく素直にあんな美しい海に、土を入れちゃうなんて「行為」は明らかに「蛮行」だと思う。日本人に蛮行は似合わない。
そんな蛮行を平気で進める権力者も権力者だけれども、指くわえてみている普通の人もやっぱりどこかおかしい。何か、権力者に物言えない心理的な問題でもあるのかなという気がしてくる。
それは沖縄の人の心も土で埋めちゃうのと同じで、臭いものには蓋、ってことなのだろうか。それとも権力者の心、日本人の奥深くには、薩摩藩が併合してしまった琉球国の人たちは、一段落下の国民だと、先に書いたセリエBの国民だという意識が潜んでいるのだろうか。
それに沖縄に米軍基地の80パーセントがあって迷惑かけてるけど、って話は誰でもしっているし良く話題になるのだけれども、他の県がどこもじゃあ、私の県に、ひとつ引き受けましょうってなことには絶対ならないのだから、これも酷い話だ。ああ、いやだいやだ。わが祖国が平気で、きれいな沖縄の海を埋め立てちゃうのは。















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# by kimiyasuII | 2018-12-21 14:53 | Comments(0)
2018 12 07  家 断片
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# by kimiyasuII | 2018-12-08 23:48 | Comments(0)
2018 12 06 ティラミス
今朝、ティラミスを作った。仕事に行く前に少し時間があったから。卵を三つ、黄身をマスカルポーネチーズとまぜ、砂糖をおさえるために甘味料を少しいれた。別に白身を固くなるほど泡立てる。両者をかき混ぜてクリームが出来上がる。その間に、コーヒーを大きなモカ5人用で入れる。準備ができたらサボイアルディというサクサクのビスケットを冷ましたコーヒーに軽く浸けて、ガラスの丸い器に、クリーム、コーヒーに浸けたサボイアルディ、クリーム、サボイアルディ、クリーム、サボイアルディ、最後にクリームで覆って完成だ。ラップで蓋をして、冷蔵庫に入れる。さて、昼休みに帰った時に、食べることにしよう。楽しみだ。
これで十分じゃないかなと思う。30分もかからないし、お金だってきっと2ユーロも掛かっていない。それで、料理をする楽しみと、食べる楽しみ、を味わえるんだから。こんな簡単なことを毎日積み上げていけば、毎日満足している。
だから僕は日本は、もう十分に成熟した社会になったし、国としてはもし均等に富みを分配すれば、貧しい人はいなくなるほどに豊かな国になったのだから、発展途上国みたいに第一看板が「経済発展」なんて言わずに、ティラミスを平日の朝に、ちょっと作って満足する人がいたり、他のことで満足したり、散歩したり読書したり、家庭菜園したり、まあたまにはレストランで食事なんかもしたり。そんな日常生活の中に個人の価値観を実現できるような社会を目指せば。
電気が足りなければ、省エネすれば良いし、何も真夏のぶっ倒れそうな時にオリンピックをやらなくても、昔を懐かしんで、万博をやったり、時速500キロで地下を吹っ飛んでいく電車を作ったり、そんな華やかなことをしなくても、長い歴史をもった日本人は十二分に楽しくて幸せな生活を築くことができると思うのだろうけどな。
ひょっとしたら、「発展途上」の幼稚な人たちが日本を動かしているのかな。
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こんな素晴らしい日常茶器だって、日本にはそのあたりにゴロゴロ転がっている。帰国した際に、義母のキッチンでもう20年以上眠っていた子鹿田焼きの土瓶と湯呑を頂いてきた。こんな完璧な色はイタリアのどこを探しても見つからないし、形だって飛び切り完成している。そして毎日それでお茶を飲めるというのだから、これはもうオリンピックで金メダルを取ったり、ノーベル賞をもらったりすることよりも遥かに日本国の奇跡だ。












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# by kimiyasuII | 2018-12-07 02:11 | Comments(0)
2018 12 06 セメントの亀
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# by kimiyasuII | 2018-12-06 14:44 | Comments(0)
2018 11 27 2年前の今日
2年前の今日、2016年11月27日、行きたがらない家人と、事務所女子マルチェッラにつき合ってもらって午後から、montagna in valtellinaへと向かった。そこにはレオが待っている。いや、そのときはまだレオという名はついていなかったのだから、子犬が待っている。もちろん、出かけるときは、レオをそのまま連れ帰るという確信があったわけじゃあない。思ったよりmontagna in valtellinaの村は遠かった。そこは典型的なヴァルテッリーナ谷の南斜面の村で、石造の家が立ち並んでいた。教えられた住所は村の真ん中、車をなんとか空き地に止めると、なんともいえない、期待と不安の気持ち一杯で、ブザーを鳴らした。おそらく山の家として使っている家の一階、玄関ドアの向こうには元農家の台所、リビングがあった。そこには2匹のパグがいて、すぐに嬉しそうに寄ってきてはしゃいでいる。とても小さく感じたこのパグが、レオかと思った。この二匹の犬はレオの両親だった。レオは、籠の中に入れられていた。引っぱり出すと、余りに小さな生後まだ60日のレオも嬉しそうにはしゃぎ回った。そしてストーブの下に入り込んだり、ソファーの上でおもちゃで遊んだりした。
もう見てしまえば、連れ帰らないわけにはいかない。あと一週間置いて欲しいという要望は受け入れられず、僕たちはレオを引き取った。引き離してしまう両親の2匹の犬に申し訳ないような気がした。それに親から引き離されるレオが可哀想な気もした。おそらくもう二度とお目にかかることは無いだろう。けれども、そんな悲しい別れもレオの住んでいた家に残して、興奮と喜びで、僕たちはレオを車に乗せると家へと向かった。運転席の隣に座った家人はあまりに小さな、あまりに華奢な子犬をどうやって支えたらよいのか分からなくて、両脚を束ねて掴むと、胸の上に持ち上げていたけれども、その姿が何か余りに滑稽で、どうにも快適とは言えないレオが可哀想な気もしたが、マルチェッラと二人で笑った。
レオという名前にしたのはその日の夜だったとおもう。僕達は、イタズラ小僧のイメージが欲しかったのだ。ライオンでもあり、あのレオナルドでもあるレオという名前がぴったりのような気がした。
その日、レオはひとりで小さなリビングに寝たけれども、本に書いてあるような夜泣きをする事もなかった。
その日からレオとの生活がはじまって、今日でもう2年が過ぎてしまった。
僕は、時間というのは随分残酷だなっと思う。こんなに楽しいすばらしい時間は、どんどん、どんどん過ぎ去って行ってしまうのだから。刻々と過ぎていく一分一秒がかけがえなく貴重なものに思えてしまう。
日本語では犬は動物、動く「物」というわけだけれどもイタリア語では犬、CANEはANIMALEアニマーレ、アニマ、つまり「魂」をもったという。やっぱり僕はレオはANIMA-LEだと思う。
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PHOTO BY MARIA

















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# by kimiyasuII | 2018-11-27 19:33 | Comments(0)
2018 11 24 仕切る
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タイトルを書いて気づいたのだけれども、その場を取り仕切るの仕切ると建築の間仕切りの仕切りは同じ言葉だ。全く関係のないと思えるふたつの行為が、その根は同じということは、考えてみればしばしばある。空間に秩序を与えることが「仕切る」ということなのだけれども。イタリアでも当然年長の女の子が3人の子供を取り仕切ることになる。


















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# by kimiyasuII | 2018-11-24 04:57 | Comments(0)
2018 11 20 秋、干し柿、だな
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# by kimiyasuII | 2018-11-20 05:07 | Comments(0)
2018 11 18 いつもの
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毎月第三日曜日には、コモの城壁沿いに骨董市、古物市がでる。何かなければ出かけていく。立派な価値ある骨董を買う訳じゃあないけれども、丹念にみていけば時々面白いものや綺麗なもの、形を扱う仕事をしている自分には興味のあるものが見つかる。今回見つけたのは、1940,50年台と思われるオリーブ色のテーブルスタンド、取り手に綺麗な装飾が施されたハサミ、形が何ともプロフェッショナルなバリカン、そして何に利用されていたのか分からないけれども鉄の万力。歳をとって「物欲」が無くなったなんていながらも、こうして何か買わずにはいられない。まあ、良いか。















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# by kimiyasuII | 2018-11-19 14:21 | Comments(0)
2018 11 17 光
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昔は理解していたつもりだけれども、どうして、真空のはずなのに宇宙空間を電波は伝わるのだろうかと、ふと思ってしまった。波なのだから、媒介する物質がなければ、例えば海なら海水のように、なんらかの物質がなければ波がおきないのではないか。ネットをふらつけばいろんな言葉が出現して、うる覚えに昔勉強したさまざまな物理の概念が頭に浮かんできた。電磁場って、なんなのさ。何も力を媒介するものがなくても、どうして同じ電荷をもった粒子は斥力が働くのか考えてみれば不思議だ。まさかテレパシーで、あっちへ動いちゃおうなんてことじゃないし。まあ、ともかく最終的には、電波問題は、光子という、質量をもたない素粒子という、訳のわからない物理的実存で納得しろという事になるのだろうけれども、今更、ファラデーやらボーアやら、アインシュタインやらシュレーディンガーに登場してもらうには、頭が硬化し過ぎている。
それにしても日中、思いもがけない自然光を家の中、玄関で発見して、これこそ美しい物理的実存と納得して、思わずどこに置いたか忘れたカメラを探しに行ってしまった。
























# by kimiyasuII | 2018-11-19 07:20 | Comments(0)