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イタリア

コモ湖畔の書斎から2 dalla finestra lariana2

2019 01 13 ミシン
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# by kimiyasuII | 2019-01-14 04:27 | Comments(0)
2019 01 12 土曜日
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珍しい朝焼け、幻想的な午後遅く。こんなに表情を変える景色を見捨ててどこかに出掛ける気はしない。
















# by kimiyasuII | 2019-01-13 06:24 | Comments(0)
2019 01 09 山の町 キアベンナ2
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クリスマス休みの最後の日曜日に、イギリスから来ていた義弟とコモ東側の山の上にあるブルナーテ村に車で行った。狭い急なつづら折れの山道をグイグイ上がっていくと、標高1000mほどの村、街に着く。山の上の街だから、車がすれ違うことができないほどに道路は狭くなる。だからちょっと大きな車にのっていると、正面から対向車が来ないかハラハラしながら走ることになる。そら、思った通りだ。坂を上りきったところに車が一台止まって、人の乗り降りをしている。どうも老人と小さな子供が車から降りないといけないようだ。その動作はイライラするほど緩慢で、なぜ車のすれ違えるようなところでやってくれないのかと腹立たしい思いもする。でも、まあ、どこかに急いで行くわけでもないし、たかが数分の事、転んだりしないようにあわてずにゆっくり車から降りてくださいな、とちょっと諦めの気持ちで様子を拝見している。すると後ろにいる車がクラクションを鳴らす。またしばらくして、プープー、プーーーと。「おい、そんなところで何してんだよ。さっさと動け、この馬鹿が」、と言わんばかりに。僕は口にだして、「なにそんなに慌ててるんだ、歳の多い人と子供が車から降りてんだから、まあ静かにまってろよ、たかが数分のことだろ」、と。なぜかこういう時は、イタリア語が口から出てくる。それにしても少しおかしいなと思う。こういう場面ではイタリア人は、クラクション鳴らしたりしないし、さっさとやれよと思っても、弱者に対しては「寛容」の心理メカニズムが働いて、大人しくまっている。と思っていると、また後ろの車はクラクションを鳴らす。バックミラーを見ても、車が黒いスポーツタイプであることしか見えない。その内、老人と子供は車から降りて、車はちょっとバックして、僕の車と後続する数台の車を通過させた。僕はまだこの町から山の上を10分ほど車で上った。さっきクラクションを鳴らした黒い車も、僕の車の後をぴったりと付いてくる。山上の広場に出るとその車は一方通行を無視して空いているパーキングをさっと陣取った。チラッと、黒いコートを着た体格の良く頭の剥げた若い男と、妙に派手なコートを着た女を見た。僕たちも車を降りると、風が強くとても寒かったので唯一空いていたバルで熱いカプッチーノを飲むことにした。
ストーブの燃える暖かいバルに入ると、一つだけ空いたテーブルに腰掛け、熱い熱いカプチーノを二杯と、マッキアートというエスプレッソコーヒーに少しだけ牛乳をいれたコーヒーを頼んだ。気が付くと隣のテーブルに座っているカップルはどうもさっき黒い車から降りていった二人のようだった。自分の背に居たので二人の顔は良く見えなかった。用足しをしに行った際に、ああいうクラクションを鳴らす輩はいったいどんな奴だと思いしっかりと顔と姿容、着ているものを観察した。男は30ほどのでかい頭の剥げ上がった、細長く顎ひげだけを伸ばして、妙に色白で、ウールのコートの下はTシャツみたいなもを着ていて、かなり人相が悪い。女といえば、ショートカットの50程で妙に日焼けした皺だらけの顔に妙に厚化粧をして豹柄のショートコートに黒い革のぴっちりしたパンツ、そしてかなり太くて高いヒールのブーツを履いている。ちょっと商売系の女に見えた。なるほどね、あの場面で、黒いBMWのスポーツカーに乗って、老人子供をプープークラクションで急かすような奴は、やっぱりこういう奴なんだと妙に納得した。それにしてもマッチョを装ったこの色白坊ちゃんは、このクリスマス休暇に20も年上の商売系女しか相手をしてくれる女が居ないのかと、ちょっと哀れにも思ってしまった。
彼らが何か飲み終わり店を出ると、僕たち三人も支払いを済ませて外にでた。やっぱり彼らはあの一方通行を無視してパーキングした黒いスポーツカーに乗り込んで、山を降りて行った。
車のナンバープレートが、イタリアのIでなくティチーノTI、スイスの車であったことを僕は見逃さなかった。そうなんだよな、スイス人なんだよな、ああいうのは、だからイタリア人はスイス人が嫌いなんだよなと。


















# by kimiyasuII | 2019-01-09 04:48 | Comments(0)
2019 01 07 山の町、キアベンナ
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# by kimiyasuII | 2019-01-08 05:45 | Comments(0)
2019 01 07 仕事はじめ
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ここはコモ湖の北端の更にその北、メッツォーラ湖に面したダーショ村の湖畔からの景色で、何回来てもその美しさに肝を潰す。晴れていれば何となくお正月の華やかな雰囲気に相応しいので、ちょっと遠いけれどもつい足を伸ばしてしまう。













# by kimiyasuII | 2019-01-08 05:25 | Comments(0)
2019 01 02 お正月、キウイ
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キウイを取らないといけないと思いながら年を越してしまったので、元旦にキウイを取った。



















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# by kimiyasuII | 2019-01-02 20:45 | Comments(0)
2019 01 01 お正月、もち
あけましておめでとうございます。
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お正月はお雑煮を食べたいので、餅を作った。















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# by kimiyasuII | 2019-01-02 20:42 | Comments(0)
2018 12 30 恒例のインフルエンザ
例年の事とは言え、参った。インフルエンザだ。25日の午後、知人の家の集まりに顔を出して帰ってきたころから、その知人の家の薪ストーブが息苦しいほどの熱気を作りだしていたのが、どうも体に不快感を与えていたと思ったけれども、体の節々が痛く、喉がヒリヒリしてきた。と思ったら、26,27、28、とベットで過ごし、何とか起きだして今日は29日になってしまった。なんとなく気ぜわしい年末の貴重な数日を、こうして無為にベットの上で過ごすのもそれはそれでまあ、悪くはないのだけれども、からだがシンドイのが何ともつらい。
そんなに眠れるわけじゃないから、youtubeで「朗読」を聴いた。それは名前を聞いたことがある作家だけれども、一度も読んだことのない作家で、それは短編小説だった。小学6年の子供が鍛冶屋の仕事に引き寄せられて、そこに出入りするうちに親方とまるで親子のような感情の交流が生まれ、この子供は、鍛冶の仕事にある種の聖性する感ずるようになり、鍛冶の仕事こそ自分の天職だと思う。そして中学にも行かずに親方に弟子入りをするという。こまり果てた親は、鍛冶屋の親方に頼んで、息子の夢をあきらめさせる。そして長い年月が過ぎ、親方は鍛冶屋の仕事場で天命を全うする。子供は、その後日本の鉄鋼業界を動かす程の人物となる。そして大きな会社の名誉会長となり、ある日、優秀な秘書とともに旅に出た際に、その鍛冶屋の親方との心の交流に懐かしさを覚え、飛行機でその鍛冶屋のあった街の上空を飛ぶ。
作家がどんな意図で書いたのかは知らない。でも素直に読めば、鉄鋼業界の神話的なにがしという立派な人物の幼少の頃の美談で、鉄に対する情熱がすでに小さなころからずば抜けたもので、立身出世する人は、やっぱりどこか違うな、という事だろう。
でも僕は正直言ってこの小説の落ちが、子供が立身出世して鉄鋼業界の大人物になる、などとは望んでいなかった。むしろがっかりした。この子供は、親や学校、世間の反対を押し切って、そして親方に邪険にされながらも「鉄」と生活を共にすることへの情熱を燃やし続け、これまで見たこともないような鉄の製品、作品をつくりだす鍛冶屋になってもらいたかった。
だから僕はこの小説は、偉人の幼少時の美談、としてよりも、一見社会的には偉人のような人でも、結局は敗北の人生を送ってしまえば台無しで人間て寂しいね、という解釈をすることになる。書類と向き合い、人と議論することが、この人の喜びではなくて、鉄から自分の手で何かを直接作り出すことが、本当のこの人の喜び、生きている意味だったのだから。
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# by kimiyasuII | 2018-12-30 13:49 | Comments(0)
2018 12 23 ダブルクリスマス
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今年もほぼ終わりかと、事務所を後にしようとすると、スマホが鳴る。
あ、ベネデッタからだ、クリスマスのお祝い電話だと思う。
「プロント、チャオ、ベネ。」
「ねえねえ、聞いて聞いて、来たの。マルコが。」
「ええ、何言ってるのか分からない。」
「マルコ、赤ちゃん、生後20日のマルコが来たのよ。信じられない!」
ああ、ついにきたのか。
「凄いじゃないか、おめでとう。これじゃあ、ダブルクリスマスだ!」
「突然、裁判所から電話があって、引き取りにいったの」
「今、どこに居るの」
「27日までは病院に。27日に連れて帰るの。」
「ほんとに良かった、良かった。」
一月に養子をもらう決心をしたという電話をもらってからほぼ一年、心理分析や講義を受けたり、裁判所の審査を受けたりで、人ひとりの命を引き受けるのだから当たり前とはいえ、ここ一年は結構、大変だったと思う。でも、おそらくこれからが本当に大変で、子供を育てるなんてのは只でさえとてつもない大仕事なのに、血の繋がりのない子を引き受けて育て上げるというのは、見上げたものだ。
凄いなベネデッタの若夫婦は。










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# by kimiyasuII | 2018-12-24 05:17 | Comments(0)
2018 12 21 生誕祭の木馬
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夏に生まれた事務所のマルチェッラの第2子、ガブリエレが洗礼を受けるというので何かプレゼントをと制作に入った樅の木馬は、透明人間のトメさんが占拠してしまったりで洗礼式が終わってもう一月以上経ちクリスマスになってしまった。今日ようやく納馬にいく。

















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# by kimiyasuII | 2018-12-21 15:09 | Comments(0)
2018 12 21 日本人
雨が降ったと思ったら、山は白くなっていた。来週はクリスマスだから、コモの街は何か「嬉しい」空気が満ちている。
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やっぱり自分は日本人だから、もう日本よりイタリアのほうが生きている時間が長いけれども、日本のことが気になって気になってしかたがない結局「日本人」だ。言葉の問題とか、外見が違うとか、いろいろあるけれども、「日本人」にとっては「自分が日本人」ということがかなり大事で、自分だけでなく、おそらく世界中みてもこれだけ自分の国を愛している国民はいないと思う。
だから、最近、結構むちゃくちゃやっている日本国を思うと、心が痛くて痛くてしかたがない。おそらく外にいるから、より客観的に起きてることをみる事ができるのだろう。
沖縄の美しい海を埋め立ててしまう、なんて写真を見ると、心が引き裂かれる。えええ、どうして、こんな美しい「国土を自分で破壊してしまうの」と。安保条約とか、よく分からない利権とか、政治的な勢力とか、意地を張るとかいろいろ理由はあるのだろうけど、ごくごく素直にあんな美しい海に、土を入れちゃうなんて「行為」は明らかに「蛮行」だと思う。日本人に蛮行は似合わない。
そんな蛮行を平気で進める権力者も権力者だけれども、指くわえてみている普通の人もやっぱりどこかおかしい。何か、権力者に物言えない心理的な問題でもあるのかなという気がしてくる。
それは沖縄の人の心も土で埋めちゃうのと同じで、臭いものには蓋、ってことなのだろうか。それとも権力者の心、日本人の奥深くには、薩摩藩が併合してしまった琉球国の人たちは、一段落下の国民だと、先に書いたセリエBの国民だという意識が潜んでいるのだろうか。
それに沖縄に米軍基地の80パーセントがあって迷惑かけてるけど、って話は誰でもしっているし良く話題になるのだけれども、他の県がどこもじゃあ、私の県に、ひとつ引き受けましょうってなことには絶対ならないのだから、これも酷い話だ。ああ、いやだいやだ。わが祖国が平気で、きれいな沖縄の海を埋め立てちゃうのは。















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# by kimiyasuII | 2018-12-21 14:53 | Comments(0)
2018 12 07  家 断片
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# by kimiyasuII | 2018-12-08 23:48 | Comments(0)
2018 12 06 ティラミス
今朝、ティラミスを作った。仕事に行く前に少し時間があったから。卵を三つ、黄身をマスカルポーネチーズとまぜ、砂糖をおさえるために甘味料を少しいれた。別に白身を固くなるほど泡立てる。両者をかき混ぜてクリームが出来上がる。その間に、コーヒーを大きなモカ5人用で入れる。準備ができたらサボイアルディというサクサクのビスケットを冷ましたコーヒーに軽く浸けて、ガラスの丸い器に、クリーム、コーヒーに浸けたサボイアルディ、クリーム、サボイアルディ、クリーム、サボイアルディ、最後にクリームで覆って完成だ。ラップで蓋をして、冷蔵庫に入れる。さて、昼休みに帰った時に、食べることにしよう。楽しみだ。
これで十分じゃないかなと思う。30分もかからないし、お金だってきっと2ユーロも掛かっていない。それで、料理をする楽しみと、食べる楽しみ、を味わえるんだから。こんな簡単なことを毎日積み上げていけば、毎日満足している。
だから僕は日本は、もう十分に成熟した社会になったし、国としてはもし均等に富みを分配すれば、貧しい人はいなくなるほどに豊かな国になったのだから、発展途上国みたいに第一看板が「経済発展」なんて言わずに、ティラミスを平日の朝に、ちょっと作って満足する人がいたり、他のことで満足したり、散歩したり読書したり、家庭菜園したり、まあたまにはレストランで食事なんかもしたり。そんな日常生活の中に個人の価値観を実現できるような社会を目指せば。
電気が足りなければ、省エネすれば良いし、何も真夏のぶっ倒れそうな時にオリンピックをやらなくても、昔を懐かしんで、万博をやったり、時速500キロで地下を吹っ飛んでいく電車を作ったり、そんな華やかなことをしなくても、長い歴史をもった日本人は十二分に楽しくて幸せな生活を築くことができると思うのだろうけどな。
ひょっとしたら、「発展途上」の幼稚な人たちが日本を動かしているのかな。
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こんな素晴らしい日常茶器だって、日本にはそのあたりにゴロゴロ転がっている。帰国した際に、義母のキッチンでもう20年以上眠っていた子鹿田焼きの土瓶と湯呑を頂いてきた。こんな完璧な色はイタリアのどこを探しても見つからないし、形だって飛び切り完成している。そして毎日それでお茶を飲めるというのだから、これはもうオリンピックで金メダルを取ったり、ノーベル賞をもらったりすることよりも遥かに日本国の奇跡だ。












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# by kimiyasuII | 2018-12-07 02:11 | Comments(0)
2018 12 06 セメントの亀
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# by kimiyasuII | 2018-12-06 14:44 | Comments(0)
2018 11 27 2年前の今日
2年前の今日、2016年11月27日、行きたがらない家人と、事務所女子マルチェッラにつき合ってもらって午後から、montagna in valtellinaへと向かった。そこにはレオが待っている。いや、そのときはまだレオという名はついていなかったのだから、子犬が待っている。もちろん、出かけるときは、レオをそのまま連れ帰るという確信があったわけじゃあない。思ったよりmontagna in valtellinaの村は遠かった。そこは典型的なヴァルテッリーナ谷の南斜面の村で、石造の家が立ち並んでいた。教えられた住所は村の真ん中、車をなんとか空き地に止めると、なんともいえない、期待と不安の気持ち一杯で、ブザーを鳴らした。おそらく山の家として使っている家の一階、玄関ドアの向こうには元農家の台所、リビングがあった。そこには2匹のパグがいて、すぐに嬉しそうに寄ってきてはしゃいでいる。とても小さく感じたこのパグが、レオかと思った。この二匹の犬はレオの両親だった。レオは、籠の中に入れられていた。引っぱり出すと、余りに小さな生後まだ60日のレオも嬉しそうにはしゃぎ回った。そしてストーブの下に入り込んだり、ソファーの上でおもちゃで遊んだりした。
もう見てしまえば、連れ帰らないわけにはいかない。あと一週間置いて欲しいという要望は受け入れられず、僕たちはレオを引き取った。引き離してしまう両親の2匹の犬に申し訳ないような気がした。それに親から引き離されるレオが可哀想な気もした。おそらくもう二度とお目にかかることは無いだろう。けれども、そんな悲しい別れもレオの住んでいた家に残して、興奮と喜びで、僕たちはレオを車に乗せると家へと向かった。運転席の隣に座った家人はあまりに小さな、あまりに華奢な子犬をどうやって支えたらよいのか分からなくて、両脚を束ねて掴むと、胸の上に持ち上げていたけれども、その姿が何か余りに滑稽で、どうにも快適とは言えないレオが可哀想な気もしたが、マルチェッラと二人で笑った。
レオという名前にしたのはその日の夜だったとおもう。僕達は、イタズラ小僧のイメージが欲しかったのだ。ライオンでもあり、あのレオナルドでもあるレオという名前がぴったりのような気がした。
その日、レオはひとりで小さなリビングに寝たけれども、本に書いてあるような夜泣きをする事もなかった。
その日からレオとの生活がはじまって、今日でもう2年が過ぎてしまった。
僕は、時間というのは随分残酷だなっと思う。こんなに楽しいすばらしい時間は、どんどん、どんどん過ぎ去って行ってしまうのだから。刻々と過ぎていく一分一秒がかけがえなく貴重なものに思えてしまう。
日本語では犬は動物、動く「物」というわけだけれどもイタリア語では犬、CANEはANIMALEアニマーレ、アニマ、つまり「魂」をもったという。やっぱり僕はレオはANIMA-LEだと思う。
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PHOTO BY MARIA

















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# by kimiyasuII | 2018-11-27 19:33 | Comments(0)
2018 11 24 仕切る
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タイトルを書いて気づいたのだけれども、その場を取り仕切るの仕切ると建築の間仕切りの仕切りは同じ言葉だ。全く関係のないと思えるふたつの行為が、その根は同じということは、考えてみればしばしばある。空間に秩序を与えることが「仕切る」ということなのだけれども。イタリアでも当然年長の女の子が3人の子供を取り仕切ることになる。


















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# by kimiyasuII | 2018-11-24 04:57 | Comments(0)
2018 11 20 秋、干し柿、だな
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# by kimiyasuII | 2018-11-20 05:07 | Comments(0)
2018 11 18 いつもの
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毎月第三日曜日には、コモの城壁沿いに骨董市、古物市がでる。何かなければ出かけていく。立派な価値ある骨董を買う訳じゃあないけれども、丹念にみていけば時々面白いものや綺麗なもの、形を扱う仕事をしている自分には興味のあるものが見つかる。今回見つけたのは、1940,50年台と思われるオリーブ色のテーブルスタンド、取り手に綺麗な装飾が施されたハサミ、形が何ともプロフェッショナルなバリカン、そして何に利用されていたのか分からないけれども鉄の万力。歳をとって「物欲」が無くなったなんていながらも、こうして何か買わずにはいられない。まあ、良いか。















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# by kimiyasuII | 2018-11-19 14:21 | Comments(0)
2018 11 17 光
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昔は理解していたつもりだけれども、どうして、真空のはずなのに宇宙空間を電波は伝わるのだろうかと、ふと思ってしまった。波なのだから、媒介する物質がなければ、例えば海なら海水のように、なんらかの物質がなければ波がおきないのではないか。ネットをふらつけばいろんな言葉が出現して、うる覚えに昔勉強したさまざまな物理の概念が頭に浮かんできた。電磁場って、なんなのさ。何も力を媒介するものがなくても、どうして同じ電荷をもった粒子は斥力が働くのか考えてみれば不思議だ。まさかテレパシーで、あっちへ動いちゃおうなんてことじゃないし。まあ、ともかく最終的には、電波問題は、光子という、質量をもたない素粒子という、訳のわからない物理的実存で納得しろという事になるのだろうけれども、今更、ファラデーやらボーアやら、アインシュタインやらシュレーディンガーに登場してもらうには、頭が硬化し過ぎている。
それにしても日中、思いもがけない自然光を家の中、玄関で発見して、これこそ美しい物理的実存と納得して、思わずどこに置いたか忘れたカメラを探しに行ってしまった。
























# by kimiyasuII | 2018-11-19 07:20 | Comments(0)
2018 11 14 トメさん
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作りかけの木馬には、トメさんが乗っている。でもトメさんは透明人間だから普通の人には見えない。トメさんが見えるのはブログ管理人の私と、日本からやってきた4歳のニコちゃん(女子)だけだ。ニコちゃんはトメさんのために木馬を揺らしてやったら、不器用なトメさんは落馬して、「あイタタタァ」と言った。

















# by kimiyasuII | 2018-11-14 15:36 | Comments(0)
2018 11 12 ワイシャツ、または時間
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若い、といっても20年前にハタチだったからそんなに若くはないけれども、彼女と夢、将来の夢について話をしていた。まあ、この歳になって話題にするような事じゃあないけど、どこからかどんな夢をもっているかという話題になった。それも実現することのない夢。自分は、もう物欲も大分削げ落ちてしまい、フェラーリがほしいわけでも、ライカのカメラがほしい訳でもなく、できれば語学能力が欲しいといった。ドイツ語もフランス語も中国語も、英語ももしペラペラと話すことができたらどんなにか生活が「豊か」になるか、なんせ情報量がわかる言葉の分だけ、倍増していくのだからこんなに刺激的なことはない。旅行に行ったって、現地の人と自由に話ができたらどれほど面白いだろうと思う。それで「若い」彼女は何が夢かと言えば、時間だという。つまり時間が今の二倍あったらどんなに良いだろうと。いろんなやりたいことが、何でもできると言う。え、そんなに忙しい生活をしているようには見えないけど、、と思ったけれども歳の功で、口にはださなかった。
まあ、一国の首相とか、そういう人は確かに時間がなくて「自分の好きなこと」をする時間がないかもしれないけれども、結構ゴルフなんかもするくらいだから、意外と時間はあるみたいだ。普通の生活をしている彼女が「時間がない」というのもどこかおかしい。でも忙しくて時間がない、というせりふは彼女だけでなくよく耳にする。暇で何をしていいかわからないということはあまり聞かない。
こんな時は必ず、へそ曲がりの思考回路が働き、時間がないというのはどういうことかと考える。やりたい事が20あって、時間が10しかなければ当然時間は足りなくなる。でも、本当にやりたい事が20もあるということがあるのだろうか。人は、どうしてもやらなければいけない事があるのは事実だけれでも、それも精査していけばやらなければいけない、と規則を自分に作っているだけの事も結構ある。
疑問は、本当にやりたい事、ってのは本当は意外と少ないのではないかということだ。旅行に行きたい、友人と会いたい、語学を学びたいなど、今できないことは、時間ができたら「やりたい事」というカテゴリーに入れてしまい、やらない。それはある意味「時間が無い」ということを言い訳にして怠惰していること以外の何ものでもない。だから実際には、時間が無いわけではなく、やるだけのやる気、気力が無いということだ。時間が無いというのは、自分に対してやらない言い訳としては最高かもしれない。
そこでこんな風に考えることにした。時間というのは、自然に等間隔に流れていくものでは無く、何かをした際に時間が創り出される。例えばロースとビーフを作ると30分という時間が創り出される。イタリアから日本に飛行機で飛べば12時間という時間が創りだされる。何もしなければ時間は何も生まれない。一日24時間という均等に時計が刻む時間を、自然と流れていく時間を、絶対的なものとして思うから、いつも時間が足りない。これから時間は自分で創り出す出すものだと思えば、まだこれからドンドン時間を創り出していくことができる。今朝は、ちょっとの待ち時間にワイシャツにアイロンを掛けたから5分余分に時間を創り出す事ができた。











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# by kimiyasuII | 2018-11-13 18:18 | Comments(2)
2018 11 11 フリッタータ
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# by kimiyasuII | 2018-11-11 12:26 | Comments(0)
2018 11 10 ジグザグ
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# by kimiyasuII | 2018-11-11 03:17 | Comments(0)
2018 11 10 行っちゃう
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# by kimiyasuII | 2018-11-11 03:14 | Comments(0)
2018 11 04 美しい国
第一次のときは随分良いことを言っていた。美しい国、日本。戦争にいくようなことは美しくないから日本じゃない。美しい海を埋め立てて軍事基地をつくるような事はどう考えても美しくないからこれも駄目。夜な夜な、お金を掛けて一攫千金の大もうけを夢見て人々が通う施設をつくることも美しいとは言えないから駄目。伝統を大事にして未来に受け継いでいくことは美しいから大事。もう7年も経ったのに自分の家に帰れもしない、挙句の果ては仮設住宅も追い出されてしまうようなことは大分醜いからだめ。雨どいがプラスチックなのも美しくないからだめ。渋谷の交差点で車をひっくり返すような馬鹿騒ぎもするのも美しくないな。外国で戦争なんかによって普通に生活できない人が来たときに追い返すなんてのも美しくないな。日本の自然は本当に豊かで美しいからこのまま残さないといけない。古い建築物なんかもかなり美しいぞ。職人技は世界に誇れるほど飛びぬけて素晴らし美しいから絶対絶えさせちゃあいけない。子供を虐待するようなことは美しさの対極にある。誰がどれだけ儲けた、損した、あの会社が飛んでもない売り上げをしたなんて話しもあまり美しくないぞ。
成長が終わり、90年以降「理念」を掲げる事が、今後数十年に渡ってどんな国にしたいかイメージすることが難しくなってしまった。先進諸国は何処もそうだ。軽い気持ちで、キャッチフレーズ程度のつもりで、ほんとうは勘違いで掲げた標語の「美しい国、日本」という言葉は、真面目な国の理念としては飛んでもなく素晴らしい。その理念に様々なことを照らし合わせてみれば、自分たちがやっていること、やろうとしている事がどんな事かすぐに評価、判断できる。分かっちゃうから、最近はこの言葉は全く口にださない。
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# by kimiyasuII | 2018-11-05 06:33 | Comments(0)
2018 11 02 犬
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# by kimiyasuII | 2018-11-02 14:04 | Comments(0)
2018 11 01 秋
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# by kimiyasuII | 2018-11-02 13:36 | Comments(0)
2018 10 30 静物
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# by kimiyasuII | 2018-10-30 20:20 | Comments(0)
2018 10 30 セリエA
長い夏が終わり、この季節にはコモでは雨が降り続く。コモ湖からアッダ川を下る水はベネチア、アドリア海に流れていき、今年もベネチアの街を冠水させた。雨上がりの朝は妙に空気が澄んで、不思議な色をかもし出す。
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サッカーにはセリエA,セリエB,野球は1軍、2軍、とまあ、みんな平等に試合する訳にはいかないから、ランクによってグループ分けをするわけだけれども、国民もセリエAとセリエBに分けるような社会は、政治は良くないな。例えば正規雇用と非正規雇用労働者、とか、は典型的なセリエ分け社会だな。



































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# by kimiyasuII | 2018-10-30 19:38 | Comments(0)
2018 10 29 交差点
中を走っている者に優先権がある。だから入るものは左側から来る車だけに気をつければ良い。相手の車の速度と自分の加速して侵入する速度をつかんで、割り込みではないけれども隙間に速やかに侵入する。その時、左から来る車の運転手の目もみて、その人が自分が入っていくことを意識しているかどうかも確認しておけばより安全だ。のんびり車が全く来なくなるのを待っていれば良い訳ではない。そんな事をすれば後ろからくる車からクラクションのブーイングを受ける。瞬時の判断と速やかな行動が必要になる。これが日本でも導入しようとしているロータリー式の交差点だ。国際免許を取ってイタリアでレンタカーを借りて運転してまず戸惑うのは、このロータリー式の交差点で、街を外れるとほとんどの交差点と言ってよいほど、このロータリーが待っている。
それに比べると信号機は、あまり頭を使わないから簡単だ。信号の色によってもう行動は決まっている。最も黄色になったばかりは、一瞬で進むか止まるか判断しなければいけないけれども、ローターリーほどには頭をフル回転させる必要がない。言ってみれば、ロータリーは運転する人の「自己責任」的な要素がとても強い。
一見、信号機のほうが、事故が少ないように思う。絶対的な「命令」が車の往来をコントロールするのだから。ところが実際には統計的には10から15パーセントほど、ロータリー式の交差点のほうが事故が少ない。それはおそらく個人個人のドライバーが「頭を全開して使う」からなのだろうと思う。信号機ならスマホをしながらでも通過できるけど、ロータリーはとてもスマホなんかしていたら通過できない。スピードだって落とさなければならない。相手のドライバーの顔、表情にも注意しなければならない。加速などの運動神経も要求される。そんな状態だから結局は細心の注意をはらって通過することになる。
日本の信号交差点もすばらしいロータリー式にどんどん替えれば良い、などということを言いたかったわけではない。このような違いが生活の沢山の局面で見られる。例えば原発稼働にしても、イタリアではひとりひとりが自分の判断で国民投票をして決めるのに対して、日本では政府という信号機が青か赤か決めれば、それに国民は素直に従う。人が集まれば、様々な決定、行動にはその場の空気が信号機の役割をする。時々信号無視をしたりすれば「空気が読めない人」とこっ酷く批判される。
日本とイタリアの社会の違いは、と聞かれたらこれから、信号機交差点とロータリー交差点の違いのようなものと説明することにしよう。
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事務所のスタッフマルチェッラに第二子、GABRIELEガブリエレが誕生した。
おめでとう!


















# by kimiyasuII | 2018-10-29 18:44 | Comments(0)